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ちなみに父は、私が刑務所にいたことを心底恥じている。何よりも、おじ・おばたちにそのことを知られたくないのだ。もちろん例の「計画」によって、そのことは近々私自身によって大々的に暴露されることになるのだが、今の私はそのことを父に対してすまないなどとはまったく感じない。
普通、子供が刑務所に、しかもわけのわからない政治的陰謀によってほとんど無実の罪で刑務所に入れられたとなれば、親としてそれなりに思うところがあるはずである。しかし私の父にかぎってはそんなことはまったくない。それどころか、出所まもない私に、「清水健太郎また逮捕」のニュースを引き合いに出して、「おまえもこうなりそうだ」などと無神経発言のオンパレードなのだ。父にとって私の逮捕・投獄は、バレると親戚一同の間で体裁の悪いひたすら不快な秘密でしかない。
とにかく父は、息子の私から見てさえ生きている価値のないゴミである。もともと他人である母にとっては、ますますそうであったろう。
異常な一族による異常な嫁いびりも多発したようだ。もちろん、そんな時に父は母を擁護しない。むしろおじ・おばの側につく。そもそも家庭を持つ資格のない男なのだ。
だから母の私たち子供に対する「愛情」が歪つなものとなることには、客観的には同情の余地なしとはしない。だが、私たちはその犠牲者なのだ。
14歳でごく正常に「反抗期」を迎えた私に対して、母は徹底的に対決してきた。反抗期の子供に対して、母親としてもっとも「やってはいけないこと」だ。
母の求める理想の子供像から逸脱していく私を、母は絶対に認めようとはせず、自分の思いどおりに矯正しようとした。母は当時から現在に至るまで、私に対して「自分だけが正しいと思っているだろう」と云うが、それは実は母の無意識的な「自供」だったのだと今の私は思う。母は、私の生き方を「間違った」ものとみなし、自らの「正しさ」を信じて疑わなかった。
母は常に、中高生時代の管理派教師たちをはじめとする私の敵対者たちと通じてきた。実は今回の投獄に至る過程においてもそうであった。自称「被害者」の元彼女や、それを「支援」するクソ左翼の活動家や、刑事たちと母はすぐに通じた。
私にはそのメカニズムが長いこと謎であった。母は母なりに、私のためによかれと思って行動した結果がそうなるのだろう、不愉快なことだが悪気があるわけではないのだから我慢しようと、漠然と思っていた。
だが、今は分かる。
母は、私がこうなったのは自分のせいではないと云いたかったのだ。
私が「ヒトサマ」に「迷惑」をかける。それは私の育て方が悪かったのかもしれないという不安がある。その不安を、母は打ち消したい。こういう母を敵が篭絡するのは簡単だ。
とくに管理派教師や警察といった「権力」方面の私の敵たちは、私のような人間ができあがるのは、きっと両親の教育に原因があったのだと考える。つまり、「日教組」みたいな親に育てられて、こうなったのだろうと漠然と想像している。しかし、呼び出して会ってみると、まったくそんなことはない。むしろ私の両親は、一見ごく平凡な保守的大衆だ。そこでやつらは云う。「どんな異常な親が現れるのかと思っていたら、お母さんはマトモじゃないですか」。母は、この言葉に飛びつくのだ。そうです、私はマトモなんです、私の子育ては正しかったはずなのに、どういうわけか息子は道を誤ってしまったんです。やつらはとどめの一言をつきつける。「まったくお母さんのおっしゃるとおりです。ぜひ力を合わせて、恒一くんを更正させようじゃありませんか」。こうして母は敵の手に落ちる。
これまで何度も何度も繰り返されてきたのは、こういうことだったのだ。
母は、私のためを思って、しかし考えが足らないから結果的に敵陣営に身を投じてきたのではない。母はただ、自らの正しさを周囲に認めてもらいたかっただけなのだ……。
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