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わざわざ青梅の爺さんに、お気を使わせてしまって申し訳ありません。私も昨年9月に定年を迎え、一念発起して何か体に良いことをしようと、歩き始めることにしました。それから1年続けているうちに歩くことが楽しくなりました。もともと車を運転しない(できない)ので、どこへ行くのも足が頼り、歩くことも嫌いではありませんでした。でも、近所にお使いに行くときはつい自転車に乗っていましたが、それもいつしか急がないときは「歩き」が主体になっていました。言い古されたことですが、車や電車でさーっと言ってしまうと見逃してしまうことが、歩いていると見えるのです。
昔中学生のときに確か青梅の爺さんだったと思いますが、「フランス人は走ってから考える、日本人は良く考えてから走る、イギリス人は歩きながら考える」と言われているが、さてもっとも望ましい(誤りの少ない)?のは誰だと聞かれ、その当時の多くの中学生は日本人と答えていました。どれが正しいとい言うわけではないが、イギリス人の生き方がもっとも誤りが少ない。それは途中で修正が利くからだ。・・・と話されたのを覚えています。だから歩くのは良いと(大分こじつけですね)。
私もノルマを持って、苦しくても、痛くてもここまでは頑張るんだというような歩き方はしていないつもりですが、振り返ってみると「巡礼の道」を歩き通すための準備期間、それにその本番はかなり無理をしたと思います。そのつけが今になって訪れたということでしょう。ただ、限界は未だにわかりません。年をとるとこうなることの爆弾を常に抱えているのだということを痛感しました。今は、必要なとき以外歩くのを控えています。痛みはとれたのですが、まだ違和感を感じるからです。それがなくなったら徐々に歩こうと思っています。なにしろこうならないために歩き始めたのですから。
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