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ベーシックインカムの支給水準決定問題について

 投稿者:小田  投稿日:2007年 9月 3日(月)11時41分45秒
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  伊賀さん
詳細なリプライ、ありがとうございました。
まずは、

>代替的社会福祉制度というからには、低すぎるレベルでのベーシックインカムでは、従来制度で保障されていた困窮世帯にとっては後退としか映らない可能性もありますし、逆に支給水準が高すぎてはディスインセンティブ効果が無視し得ない問題となってくるでしょう。

について。問題はベーシックインカムの支給水準をどこまで高めるべきかです。原理的には以下のように考える事ができます。今、考察の簡単化の為に、2人からなる経済社会を考え、個人1は稼得能力があるが、個人2は稼得能力がゼロであると仮定しましょう。この経済社会の国民所得水準xは個人1の労働時間lに彼の労働能力sを乗じた値に等しいもの、すなわち
(1)  x = sl
として決まります。この社会の再分配政策は個人1によって生産された所得水準xのうちどれだけを個人2に分配するかに関するものとなります。それは関数t(x)で表せます。ここでt(x)とは、個人1によって生産された所得がxのときの個人2に分配される所得額です。したがって、個人1の事後的所得は
(2)  y = x-t(x)
となります。

ここで個人1の効用関数はu(l,y)としましょう。この関数u(l,y)は労働時間lに対して単調減少であり、他方、事後的所得yに対して単調増加であるような、連続微分な実数値関数であるとします。個人1は再分配政策tが所与の下で、どれだけの労働時間を供給しようとするでしょうか?それは以下のような制約付き最適化問題の解として決まります:
(3)  max u(l,y), subject to (1) & (2).
ここで制約式(1)と(2)を効用関数u(l,y)に代入すれば、上記の制約付き最適化問題(3)の解l*は
(4)  max u(l, sl-t(sl))
を実現するような労働時間l*に他なりません。このl*は今、再分配政策tが所与の下での最適値ですので、それを
(5) l(t)=l*
として記述する事にします。すると、個人1の労働インセンティブを考慮したという意味で再分配政策tの下での実行可能な所得再分配とは、個人1の事後的所得がs l(t)-t(s l(t))であり、個人2の事後的所得がt(s l(t))となるようなベクトル
(6) (s l(t)-t(s l(t)), t(s l(t)))
によって表されます。この実行可能な所得再分配ベクトルは、再分配政策tに応じて変化しうる事に注意してください。

以上の設定の下で、この経済社会における政府の政策決定は、政府が有する社会厚生関数W(y1, y2)――但し、y1は個人1の事後的所得、y2は個人2の事後的所得です――を最大化するような再分配政策を選択する事です。すなわち、
(7) max W(y1, y2), subject to y1=s l(t)-t(s l(t)) & y2=t(s l(t))
の解となるような再分配政策tを選択する事が、政府の政策決定を意味します。再分配政策tは関数なので、一般的には関数を選択する制約付き最適化問題という定式になり、非常に解くのが難しそうに見えますが、ここでは単純化のために線形関数t(x)=tx (但し0<t<1である)のケースだけを考えておけば、問題は0以上1以下のある実数値tを選択する制約付き最適化問題であることが解ると思います。

ところで、社会厚生関数 W(y1, y2)がどういう形状であるかは、その政府を構成する政党の性質によって違ってくるでしょうが、一般的にはy1及び y2双方にかんして単調増加的な、連続微分可能な実数値関数という性質を有していると仮定します。では、典型的な新自由主義政府である現在の安部政権が暗黙的に持つ社会厚生関数はいかなる形状として考えられるでしょうか?安部政権は「経済成長重視政策」を掲げていました。経済成長重視とは国民所得を最大化させる事を目的とするものと解釈できます。すると、ここで考えているモデルでは国民所得はy1と y2の総和になります。すなわち、安部政権が暗黙的に持つ社会厚生関数とは功利主義的社会厚生関数y1+y2になり、その結果、上の問題(7)は以下のように書き換えられます:
(8) max y1+y2, subject to y1=s l(t)-t(s l(t)) & y2=t(s l(t)).
私はこの問題(8)こそが、典型的な新自由主義路線の最も単純な定式であると思います。問題(8)の解をt*で表す事にしましょう。

他方、ベーシックインカムの導入を検討する福祉国家路線が持つべき社会厚生関数はいかなる形状として考えられるでしょうか?一例として、「最も不遇な個人の状態が改善される限りでの不平等は正当化される」というジョン・ロールズの格差原理に基づくロールズ的社会厚生関数min{ y1, y2}を考える事ができると思います。関数min{ y1, y2}とは、y1とy2のちより小さな実数値の値をこの関数の値とする、という意味です。そのとき、福祉国家路線は以下のような問題の最適解となるような再分配政策を採用する事を意味します:
(9) max min{ y1, y2}, subject to y1=s l(t)-t(s l(t)) & y2=t(s l(t)).
すなわち、事後的所得が最も少ない個人(このモデルでは通常、個人2)のその所得額が最大になるように、所得稼得能力のある個人の労働インセンティブを読み込んだ上で、再分配政策を採用する事として、ベーシックインカムの導入を検討する福祉国家路線を定式化することができます。所得稼得能力のある個人の労働インセンティブを読み込むとは、ここでは個人1の事後的所得額y1=s l(t)-t(s l(t))が、彼の最適労働時間選択問題(4)の解に定められている事から従います。問題(9)の解をt**で表す事にしましょう。

問題(8)の解t*と問題(9)の解t**を比べれば、一般に
(10) t* (s l(t*))< t** (s l(t**))
となります。すなわち、最も不遇な個人2の事後的所得額は、福祉国家路線の方が大きくなります。他方、国民所得額を比較すれば、一般に
(11) s l(t*)>s l(t**),
すなわち新自由主義路線の方が大きくなります。この(11)式はまた、新自由主義路線において有能な個人1はより多くの労働時間を供給する、すなわち彼の労働へのインセンティヴはより高くなる事を意味します。他方、上記の2つの不等式(10)と(11)から、高所得層である個人1の事後的所得は新自由主義路線のほうが福祉国家路線より大きいことが解ります。この事は言い換えれば、福祉国家路線の方が所得格差はより小さい事を意味します。しかしながら、パレート効率性に関して言えば、いずれかが他方よりも優れているとは言えません。

さて、なぜ(10)式、(11)式のような厳密な不等式が一般的に成立するのかについて、もう少し説明したいと思います。(10)式、(11)式のような関係が、等号付の不等式として成立するのは、(8)、(9)のそれぞれの問題の定義より理解できると思います。しかし、厳密な不等式になる事については、もう少し説明が必要でしょう。理由は実行可能な所得再分配ベクトル(6)式の軌跡に関わります。(6)式で表されるような実行可能な所得再分配ベクトルは再分配ルールtの変化に応じてその軌跡を描く事ができます。今、仮に単純化の為に再分配ルールtは個人1への税率に等しいものとします。つまり、再分配ルールtが線形関数t(x)=txである場合のみを考えます。そのとき、実行可能な所得再分配ベクトルの軌跡は、一般に以下のような形状になります。

横軸が個人1の事後的所得額を、縦軸が個人2の事後的所得額を表すような非負の2次元空間を考えてください。今、t=1の場合、個人1は働いて得た事前的所得を全て税金で取られて個人2に分配されてしまいますので、おそらく労働供給時間はゼロになるでしょう。そこでtの値をt=1から少しずつ小さくしていきます。t<1であってもその値がまだ1に近い場合には、個人1の事前的所得の大部分は個人2に分配される事になるので、個人1の供給労働時間は非常に少なく、その結果、国民総所得水準も低いので、個人2の受け取る事後的所得の絶対額も低いままです。そしてtが小さくなるにつれて、個人1の働くインセンティブは増し、その結果、供給労働時間は増えていきます。当初はtの一単位あたりの減少に対する、個人1の労働時間供給の増大が非常に大きいため、国民総所得の増大率は個人2の分配率の低下を凌駕しています。その結果、個人2の分配率が低下しているにも関わらず、彼の事後的所得の絶対額は結果的に増えるという状況が続きます。しかし、tが小さくなるにつれて、個人1は労働時間を増やして所得を増やす事よりも余暇の選択への選好を次第に強めていく為、tの一単位あたりの減少に対する労働時間供給の増大分は小さくなっていきます。その結果、あるtの値において、個人2の事後的所得の絶対額はピークとなり、以降、国民総所得の増大分を個人2の分配率の低下が凌駕するようになります。それでも、まだ個人1の供給労働時間は増えているので、国民総所得は増え続けます。しかし、tが十分に小さい値になると、個人1は少しの労働時間で十分な事後的所得が得られるようになるので、むしろ余暇への選択を強め、供給労働時間は減り始めます。その結果、国民総所得は減少し、しかしながら個人1の分配率は増えるので、彼の事後的所得は増え続けるという事態がt=0に至るまで続く事になります。これは例えば、マイナスの2次関数1.5x(1-x)のグラフのような形のイメージになります。このグラフ上で個人2の事後的所得が最大になるのはx=0.5のときで、そのとき、個人1の事後的所得は1/2、個人2は3/8になっています。これがロールズ的社会厚生関数の場合の最適所得分配になります。このとき、対応する国民総所得は7/8です。他方、国民総所得が最大化されるのは、x=5/6のときで、個人1は5/6、個人2は15/72が事後的所得となります。そのとき国民総所得は75/72となります。これが功利主義的社会厚生関数の場合の最適所得分配となります。参考までに、t=0のときの個人1の事後的所得=国民総所得が1となります。

以上のように、新自由主義路線と福祉国家路線とでは、それぞれの実現する所得分配状態は大きな違いが出てきます。いずれが望ましいかというのは結局、功利主義型社会厚生関数とロールズ的社会厚生関数のいずれがふさわしいと考えられるかに関する国民の価値観によって決まる問題です。それはいかなる社会のあり方が望ましいと考えるかについての政治哲学にかかわる問題であり、その採用は選挙という政治的民主主義の結果によって決まります。自民党は明確に問題(8)の路線を自覚的に踏襲しようとしていると思います。他方、問題(9)の路線を自覚的に踏襲する結集的政治勢力が日本に存在していないように見えるのが、現在の日本の政治状況の重要な欠点だと思います。
 
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